大石 玄 (北海道大学大学院法学研究科)
2000年9月,労働法律旬報1488号に掲載
平成11年には,私傷病により休職していた労働者の復職をめぐって争われた裁判例が続けて登場した。休業に関係する法律上の規定をみてみると,業務上災害の場合につき,労働基準法19条1項が業務上の負傷により休業する期間の解雇を禁止している。業務外の私傷病であっても,公務員であれば意に反する休職に関する諸規定(国家公務員法61条,75条,79条,80条,地方公務員法27条,28条など)が存在する。
近ごろ改正された育児・介護休業法では,「1歳に満たない子の養育のため」(同法2条1号)あるいは「要介護状態にある家族を介護するため」(同法2条2号)にする休業について定めをおいている(*1)。けれどもこうした特別な領域を除けば,民間労働者の休職については実定法上の定めが存在しない。そのため,業務外の傷病等を理由として休職する場合,これらの取り扱いは就業規則ないし労働協約の定めるところによって行われることとなる(*2)。
このような制度であるから,裁判例の有する意義は大きいものがある。そこで本稿は,傷病休職に関する3つの裁判例を素材にして,労働者が復職を申し出てきた場合に使用者のとるべき道筋を考えてみようとするものである(*3)。なお,関連する論点として,使用者は労働者に対し受診命令を発することができるのか,医師から示された診断書をどのように扱うべきか,といった問題があるが,本稿では検討の対象としていない。
Y社は設計・建築を業とする従業員十数名の会社であり,XはY社において見積書の作成等を担当する営業職に従事していた者である。平成8年7月,Xは帰宅途中に交通事故に遭い,脳挫傷および外傷性クモ膜下出血の傷害を受け,Y社就業規則に基づき6か月を限度とする休職期間に入った。事故直後には右足に強い痛みがあり記憶力の低下等もあったが,症状は次第に快復に向かい12月17日に退院した。退院時における医師の診断によれば,「左手のわずかな震えと右足のしびれがわずかにあるが,日常生活には全く問題がな」いとされており,担当医師からY社幹部に対する説明では「段階的に勤務時間を増やしていくことにより職場復帰を図ってもらいたい」旨伝えられていた。しかるに平成9年年1月10日,「6か月間の休職期間を満了し,会社より復職を命ぜられない」ことを理由にY社はXを解雇した。
そこでXは従業員たる地位の確認と未払い賃金の支払い等を求めたものである。裁判所はX請求のほぼ全額を認容。
「右休職制度は……従業員の労働契約関係を維持しながら,労務への従事を免除するものであり,業務外の傷病により労務提供できない従業員に対して6か月間にわたり退職を猶予してその間傷病の回復を待つことによって,労働者を退職から保護する制度である,と解される。したがって,6か月の休職期間の満了までに従業員の傷病が回復し従前の職務に復職することが可能となった場合には,当該従業員を休職期間の満了をもって退職させることは無効である,と解するのが相当である。そして,復職が可能か否かは,休職期間の満了時の当該従業員の客観的な傷病の回復状況をもって判断すべきである」
「これを本件についてみるに……直ちに一〇〇パーセントの稼働ができなくとも,職務に従事しながら,二,三か月程度の期間を見ることによって,完全に復職することが可能であった(中略)と推認することができ」る。
Y社は旅客鉄道輸送を営む従業員数22,800人の会社であり,XはYにおいて新幹線車両の検査業務に従事していた者である。Xは平成6年6月15日,作業中に脳内出血を発症した。Y社就業規則には3年を上限とする病気休職の制度があり,休職期間満了後なお復職できない場合には退職するものとされていた。Xは6か月ごとに診断書を提出し,Y社の復職判定委員会はこれに基づき休職期間を延長してきた。平成9年4月25日付けの診断書では「自宅安静が必要」とされていたが,10月21日付けの診断書では右片麻痺,構語障害,複視の後遺障害に変化はなく,右手の巧緻障害が認められるものの軽作業を行うことはでき,安静度についても特別な規制はないとの診断を受けた。しかるに11月20日に開催されたY社判定委員会では,4月25日付け診断書と10月21日付診断書には変化がないと判断し,これを受けてY社は12月13日をもってXを退職するものとした事案である。
Xは従業員たる地位の確認と未払賃金の支払い等を請求し,裁判所はこれを認容した。
「労働者が私傷病により休職となった以後に復職の意思を示した場合,使用者はその復職の可否を判断することになるが,労働者が職種や業務内容を限定せずに雇用契約を締結している場合においては,休職前の業務について労務の提供が十全にはできないとしても,その能力,経験,地位,使用者の規模や業種,その社員の配置や異動の実情,難易等を考慮して,配置替え等により現実に配置可能な業務の有無を検討し,これがある場合には,当該労働者に右配置可能な業務を指示すべきである。」
「Y内での職務内容の変更状況や原告の身体の状況等を考慮した場合,Xが就労可能であったと主張する各業務のうち,少なくとも……工具室での業務は就業可能であり,Xを交換業務から右工具室での業務に配置替えをすることも可能であったとするのが相当である。」
「身体障害等によって,従前の業務に対する労務提供を十全にはできなくなった場合に,他の業務においても健常者と同じ密度と速度の・務提供を要求すれば労務提供が可能な業務はあり得なくなるのであって,雇用契約における信義則からすれば,使用者はその企業の規模や社員の配置,異動の可能性,職務分担,変更の可能性から能力に応じた職務を分担させる工夫をすべきであ」る。
Y社は航空運送事業を営む会社であり,Xは客室乗務員として稼働していた者である。平成3年4月18日,Xは空港へ向かう送迎タクシー乗車中に交通事故に遭遇し,頸椎不安定症・頸椎椎間板ヘルニアと診断された。Xは4年余り休業・休職した後,平成7年7月6日に復職したが,復帰者訓練(エマージェンシー訓練)において不合格となった。その後,2回目および3回目の復帰者訓練を受けたものの,いずれも不合格であった。そこでY社は,就業規則の解雇事由である「労働能力の著しく低下したとき」にXが該当するものとして,平成8年2月29日に解雇したものである。
この際,復職に先立つ平成7年5月頃からXの復職をめぐってY社との関係が悪化し始め,4か月間の間に三十数回に渡る「面談」を行ってXを非難したほか,Y社管理職がXの兄や両親に会ってXが退職するよう説得してくれるよう依頼するなどしていた。
Xは,雇用契約上の地位確認と,Yの違法な退職強要により被った精神損害の慰謝料として1,000万円の支払い等を求めた。裁判所は,地位確認請求を認容し,慰謝料50万円の支払いを命じた。
「労働者がその職種や業務内容を限定して雇用された者であるときは,労働者がその業務を遂行できなくなり,現実に配置可能な部署が存在しないならば,労働者は債務の本旨に従った履行の提供ができないわけであるから,これが解雇事由となることはやむを得ないところである。」 緊急時における保安・看護業務の遂行能力を客室乗務員が欠いたままで乗務させることはできないが,「休業又は休職の直後においては,従前の業務に復帰させることができないとしても,労働者に基本的な労働能力に低下がなく,復帰不能な事情が……休業又は休職にともなう一時的なもので,短期間に従前の業務に復帰可能な状態になり得る場合には,労働者が債務の本旨に従った履行の提供ができないということはでき」ない。労働者が直ちに従前業務に復帰ができない場合でも,比較的短期間で復帰することが可能である場合には,休業又は休職に至る事情,使用者の規模,業種,労働者の配置等の実情から見て,使用者は短期期間の復帰準備時間を提供したり,教育的措置をとるなどが信義則上求められるというべき」である。 本件では,エマージェンシー訓練における緊急時のドア操作等について不適切な部分が多く存在したが,筆記による知識確認の点では問題が無いことから基本的な知的能力の低下があったわけではなく,「具体的な,航空機に対応した能力が十分でなかったというに尽きる。」 そして,3回目の訓練が終わる頃には「一定度の水準に達し」ていた。3回目に至っても旅客脱出の誘導等において「充分になしえないところは問題であるが……これをXが短期間で習得することは可能というべきである。」
してみれば,「Xには就業規則の解雇事由である『労働能力の著しく低下したとき』に該当するような著しい労働能力の低下は認められない」ものであるから,本件解雇は「解雇権の濫用として無効というべきである。」
不法行為の成否につき,「その頻度,各面談の時間の長さ,Xに対する言動は,社会通念上許容しうる範囲をこえており,単なる退職勧奨とはいえず,違法な退職強要として不法行為となると言わざるを得ない」とし,慰謝料は50万円を相当とした。
北産機工事件の事案においては,就業規則に「従業員が復職を命じられないで,休職期間が満了したときは,退職とする」との規定が設けられていた。果たして休職期間の満了の故をもって雇用関係を終了させることが許されるか否かが争点とされたのである。
休職期間が満了した時点において,原因となった労働者の傷病が完全に回復するに至っていた場合,労働者の復職の求めにも関わらず使用者がこれを拒否し退職扱いにすることは許されない,との法理はすでに確立したものといってよいであろう。
裁判例の中には,休職期間が満了したことにより雇用関係は当然に終了するものと判示したものもあった(*4)。例えば電機学園事件(東京地決昭和30年9月22日・労民集6巻5号588頁)では,労働者からの「休職期間が満了しても雇用関係が自動的に消滅するものではなく,新たに解雇の意思表示が必要である」旨の主張を行ったにも関わらず,裁判所はこの主張を退けている。また,三和交通事件(昭和57年1月18日・労民集33巻1号31頁)では,「私傷病による休職期間が満了した場合の休職期間満了による退職は解雇ではなく,雇用契約の自動終了事由とみるべきもの」であり,この場合に解雇権濫用法理を類推適用すべきではないとしていた。
しかし,エールフランス事件(東京地判昭和59年1月27日・判時1106号147頁)において裁判所は「自然退職の合理性の範囲を逸脱して使用者の有する解雇権の行使を実質的に容易ならしめる結果を招来することのないよう慎重に考慮しなければならない」ことから,労働者からの復職の申出を使用者が拒否して自然退職扱いにする場合には「使用者が当該従業員が復職することを容認しえない事由を主張立証」すべきである,との判断を行っている(*5)。以後,これに反するような裁判例は見あたらない。
労働者の意に反して企業から放逐することを正当化するためには,使用者の為す「退職扱い」にもそれなりの理由を備えているべきことが求められる。とすれば,エールフランス事件で裁判所が行ったように,実体的な判断を行うのが妥当であろう。本件北産機工事件も,「傷病が回復し従前の職務に復職することが可能となった場合には,当該従業員を休職期間の満了をもって退職させることは無効である」と論じていることからエールフランス事件の流れに沿うものといえ,妥当なものといえよう。
では,休職期間が満了する時点において傷病が完治するに至っていないが,職務の変更や作業量の軽減をすれば労務を提供できると診断された場合には,いかに取り扱われるべきであろうか。東海旅客鉄道(退職)事件では,この点が主たる争点となっている。
判例の傾向は大きく二分され,完全な回復を要求するものとしないものとがみられる。まず,従前の職務を遂行できるまでに回復していることを要するものとしては,交通事故で脳挫傷を負った労働者の復職について争われた昭和電工事件(千葉地判昭和60年5月31日・労判461号65頁)がある。裁判所は「病気休職者が復職するための休職事由の消滅としては,原則として従前の職務を通常の程度に行える健康状態に復したときをいうものというべき」とし,軽作業であれば就労可能であると診断された者の復職を認めなかった。
同じく完全な回復を要求するものとして,アロマカラー事件(東京地決昭和54年3月27日・労経速1010号25頁)が挙げられよう。この事件は,写真の焼き付け作業に従事していた労働者が右足を骨折し,6か月間の休職期間満了時には杖を用いれば歩行が可能な状態になっていたことの評価が問題となった。裁判所は,復職時における労働者の症状が「傷病は完治しておらず,座姿勢による作業は可能であるとしても,軽作業,長時間の立位作業の勤務には耐えられないものであ」ると認定したうえで,労働者が従前従事していた業務は「座姿勢による作業が主であるが,なお相当量の立位作業及び製品又は作業の運搬作業があり……従前の業務に耐えられないものと認められる」として雇用契約の終了を認めている。また,労働者が提供すべき労務の内容については,「雇用契約において労働者側の労務の提供の種類,程度,内容が投書の約定と異なる事情が生じた場合には,道義上はともかくとして,使用者においてこれを受領しなければならない法律上の義務」は無く,「受領のためこれに見合う職種の業務を見つけなければならない法律上の義務があるわけではない」と裁判所は判示している。
この他にも,回復が不完全であることのみをもって復職を認めず,従前とは異なる職務への配置可能性についても検討する必要はないとするものがある。ニュートランスポート事件(静岡地富士支決昭和62年12月9日・労判511号65頁)は,交通事故による後遺症のため,休職後に労働者が提供しうる労務の種類・内容が従前とは異なることになった事案である。労働者は従前従事していた大型トラックの長距離運転手から,フォークリフトの運転作業への配置換えを望んでいた。しかしながら裁判所の判断は,やはり「労働者の健康状態に見合う職種,内容の業務を見つけて就かせなければならないとの法律上の義務があるとはいえ」ないというものであった。
他方,復職直後は軽易作業に就かせ段階的に復帰できるよう配慮すべきとする裁判例がある。前掲エールフランス事件では,負担の軽い業務を行なわせながら「徐々に通常勤務に服させていくことも充分に考慮すべき」であるとしている。
このように判例傾向は一貫していなかったわけであるが,片山組事件最高裁判決(最1小判平成10年4月9日・労判736号15頁)において「不完全な労務の提供」につき判断枠組みが示されるに至った。片山組事件最判は傷病休職に関する事案ではないが,労働者の職務遂行能力が低下した場合の取り扱いにつき注目すべき判断(*6)を行っており,傷病休職からの復帰をめぐる紛争は今後片山組最判をもとにして争われることになろう。
本件東海旅客鉄道事件における一般論は,注意深く言葉を置き換えながらも,考慮要素については最高裁判決と同一のものを挙げており,片山組事件の影響下にあることが顕著である。すなわち,休職期間満了時において傷病が完治していることは必要ではなく,職種限定がゆるい労働者であれば軽微な作業への配置換えすることの現実的可能性を,当該企業の余力に応じて検討すべきであるとしているのである。最高裁判決の枠組みに従う限りにおいて,このような判断手法が今後一般化していくものと思われる(*7)。前述の北産機工事件でも,「少なくとも,直ちにー〇〇パーセントの稼働ができなくとも,職務に従事しながら,2,3か月程度の期間を見ることによって完全に復職することが可能であった」と結論づけており,復職時における完全な症状の回復を要求してはいない(*8)。
このように,労働者が「何らかの」労務の提供を継続できるように使用者の配慮を求めることが裁判所の判断で主流になりつつあるようである(*9)。本件東海旅客鉄道事件の具体的事案に即して考えてみると,「従前の業務に対する労務提供を十全にはできなくなった場合」にあたるけれども,軽作業ならば可能とする医師の診断があり,また,Y会社にはXを軽作業(工具室業務)に従事させる余地があったと認定されている。そうであるならば,地位確認請求を認容した裁判所の結論は妥当なものであろう。
とはいえ片山組事件は,将来的には治癒・快復することが見込まれる疾病に罹患していた労働者であった。それに対し本件JR東海事件は,身体障害が固定しており回復の見込みが薄い者であることに留意すべきであろう。この両者を比較したとき,使用者の負う負担(すなわち,当該労働者を従前とは異なる軽微な作業に従事させること)が一時的なもので済むのか,あるいは恒常的なものとなるかという差異がある。企業規模が小さな事業場において本件類似の争訟が発生した場合,配置換えの余地は狭まることから,同じ症状の労働者であっても本件とは結論が異なる可能性が多分にあるものと思われる。
片山組最高裁判決のそもそもの出発点は,労働者の職種限定がない(ゆるい)というところにあった。それでは,職種限定がなされている労働者についてはどのような判断がなされるであろうか。配置転換を考慮する余地が小さくなるのであるから,自ずから判断も異なるであろうことが予想される。全日本空輸(退職強要)事件を素材に検討を試みてみたい。この事件は復職そのものが問題となった事案ではないが,「復職時における労働者の能力低下」をいかに考慮すべきかを考えるにあたって参考になるものであろう。
全日空事件では,傷病は完治したものの,復帰訓練において不合格となったことの評価が問題となる。これを「能力の低下を理由とする普通解雇の是非」としてみれば,育児休業あるいは介護休業を終えて復帰した場合にも同じように生じうる論点であろう。
結論からいえば,裁判所の示した一般論が妥当なものと思われる。即ち,職種限定のある労働者については,当該職務を遂行しうる能力の有無によって復職の可否を論じるべきである(*10)。しかしながら,休職期間中に職務を離れていたことにより労働能力(身体・知能のいずれをも含む)が低下することはやむを得ないところである。そのため,休職期間の満了時ないし復職直後の段階において若干の能力不足低下を理由として雇用関係の終了を認めるのは適当ではない。かかる場合,当該労働能力の低下が一時的なものであり,短期間にこれを回復することが可能であると認められる状況にあっては,使用者がこれを理由として当該労働者を解雇することは許されないと言うべきである。
もっとも本件全日空事件にあっては,裁判所が行った事案の当てはめに疑問がある。本件ではエマージェンシー訓練を3度に渡って受けたにもかかわらず,いずれも不合格となっている。客観的な尺度(訓練の合否)によって労働能力の欠如が示されたにも関わらず,裁判所は地位確認の請求を認容しているのである。その理由としては,(1)基本的な能力が低下したわけではなく具体的な航空機に対応した能力が十分ではなかったこと,(2)3回目の訓練の段階では「一定度の水準に達したとされている」こと,(3)これらの能力は短期間で習得可能であることを挙げている。しかしながら,(1)については具体的な対応能力を身につけることが訓練の目的ではなかったのかと思える。(2)については,果たして「一定度の水準」がどれほどのものなのか良くわからないところであり,いささか唐突という印象を受ける。さらに(3)についても,本件事案では一定の期間をおいたうえで3度の機会を与えていることから,一般論にいう「短期間に従前の業務に復帰可能な状態になり得る」にはなかったと判断されても致し方なかった事案ではなかったろうか。
他方,本件ではかなり行き過ぎた退職強要があったことが認められる。労働者は,度重なる使用者の退職強要により満足に準備を行うことができなかった旨を主張しているので,かかる主張を裁判所が認めていれば事案の捉え方は大きく異なってくる。この場合,エマージェンシー訓練が恣意的に行われ,評価が公平性を欠くものであったと推察されることになろう。そうであれば裁判所は,合格水準の高さや他の客室乗務員の状況などを示したうえで,当該労働者が「労働能力の著しく低下したとき」に当たるものではなかったと判断する余地もあったのである。
これらの判例を通じて導き出される「傷病休職期間満了後の取り扱い」とは,次のようになるであろう。まず,完全に労働能力が回復したことを証明する医師の診断書を添えて労働者が復職を申し出た場合,使用者はこれを受領して労働者を復職させなければならない。
もし回復が不完全であるが近い将来に回復が見込まれる場合には,使用者は業務の軽減措置等を講じるなどして,労働者が段階的に労働能力を回復できる環境を提供しなければならない。労働能力の回復が不完全であることのみをもって復職を認めないとすることは許されない。
労働者の完治が見込めない状況であっても,労働者が労務を提供できるような職を探さなければならない。企業規模が大きい場合であるとか,労働者を配置換えする余地が大きい場合には,それだけ労働者の雇用を維持する使用者の責務は強いものとなる。
ここから言えることは,「労働者にやさしい」裁判所の姿勢があらわになってきているということである。片山組事件最判の存在からすれば,当然の帰結とも言える。とはいえ,復職をめぐる紛争は事実認定により左右される部分も大きく,本稿で取り上げた裁判例の結論が維持されるかどうかはわからない。最高裁判決の射程がどこまでの広がりを持つものなのかは,裁判例の集積により次第に明らかになることであろう。
(おおいし・げん)
*1 育児休業および介護休業については,菅野和夫「労働法(第5版補正版)」384頁以下,西村健一郎「育児・介護休業法概説」別冊法学セミナー・基本法コンメンタール労働基準法第4版(1999年)参照のこと。
*2 傷病休職の実態調査を行ったものとして,古橋エツ子「傷病休暇制度と休暇法制」季刊労働法167号31頁(1993年)がある。
*3 本稿と同じく,近年出された裁判例を分析したものに,松田保彦「休職制度の法律問題をめぐる新たな展開」労働判例775号7頁(2000年),道幸哲也「病気で休職させるなんて」賃金実務857号67頁がある。
*4 エールフランス事件以前の判例動向については,古川陽二「私傷病休職における『休職事由消滅の有無』の判断基準」労働判例449号12頁(1985年)に詳しい。
*5 マルヤタクシー事件(仙台地判昭和61年10月17日・労判486号91頁)では,タクシー運転が可能であるとの専門医の診断書を添えて復職を申し出たにも関わらずこれが拒否された事案につき,「仮に治癒(復職可能)を証明する適正な診断書が提出されたにも拘わらず被告において従業員の復職を拒否する場合には,提出された診断書の内容とは異なる判断に至った合理的理由を従業員に明示すべき義務があ」ると述べている。
*6 片山組事件最判の一般論は「労働者が職種や業務内容を特定せずに労働契約を締結した場合においては,現に就業を命じられた特定の業務について労務の提供が十全にはできないとしても,その能力,経験,地位,当該企業の規模,業種,当該企業における労働者の配置・異動の実情及び難易等に照らして当該労働者が配置される現実的可能性があると認められる他の業務について労務の提供をすることができ,かつ,その提供を申し出ているならば,なお債務の本旨に従った履行の提供があると解するのが相当である」というものであった。
*6 逆に,労務を提供していた労働者の病状が悪化し,従前と同じ労務を提供できなく場面も考えられる。このような場合にも使用者は,配置換えを考慮する必要がありそうである。このような事案を考えるための素材としては,東京都(大野田小学校教員)事件(東京地判平成11年5月25日・労判769号50頁)がある。
*7 本件全日空事件は復職してから復帰訓練に入った事案であるが,やはり復職の時点において一〇〇パーセントの能力発揮は求められていない。
*8 富国生命事件(東京高判平成7年8月30日・労判684号39頁)では,頸肩腕障害の再燃および増悪可能性のあることを理由に労働者へ休職命令を発したことにつき,休職事由が存在しないとして命令を無効としている。
*9 職種限定がゆるい場合の判断との相違点は,配置換えを行う可能性について検討する必要はないところにある。けれども,休職前と同じところまで労働能力が回復していることは必ずしも必要ではない。また,限定された職種の内部であれば配置換えをして雇用の維持を求めることもできよう。この点,北海道龍谷学園事件(旧事件名:学校法人小樽双葉女子学園事件)が参考になろう。脳卒中により下半身不随となった高校の保健体育教諭に関する事案である。筆者の考えるところによると,「保健体育の」教諭につき復職の可否を論じる場合には,保健体育実技の指導を行うことができるか否かを判断すべきである。かかる業務に堪えられないと判断される場合には,保健体育教諭の配置換えにより業務の軽減を行うことが可能かを検討すべきものである。第一審(札幌地小樽支判平成10年3月24日・労判738号26頁)では解雇無効としていたが,控訴審(札幌高判平成11年7月9日・労判764号17頁)で判断が逆転した。